怪我をしてしまったときの最もシンプルな気功法


怪我をしてしまったときの最もシンプルな気功法

【コーチングで世界を創造する】杉本ワークスの杉本浩章です。


怪我(けが)をしてしまったとき、気功療術で最もシンプルな方法をご紹介します。


方法自体はきわめてシンプルで、怪我をしてしまった箇所に手を当てて、手の中心から新鮮な気がたっぷりと出ているイメージをし、そのうえで十分に力を抜く、リラックスするだけです。



どうしてこんなに簡単な方法で効果があるのかと言うと、まず第一に、人は十分にリラックスをすると、手の中心(労宮:ろうきゅう)から自然に気を出すことができるからです。

労宮という部分は、気の出入り口となるポイントで、気功の世界では大変重要視されています。

力を抜く、リラックスが上手にできればできるほど、たくさんの気を出すことができます。


気をたくさん出そうと、意識し過ぎないことも重要です。

気をたくさん出そうと思うと、その気持ちが強い場合、力みにつながりやすく、リラックスとは逆向きの方法に向いてしまうからです。力んだ分だけ、気は減ってしまいます。

力を抜く、リラックスをしながら、良質で新鮮な気を出すことに集中する。もしかしたら、矛盾したことを言っているように聞こえるかもしれませんが、これが気功をきちんと学んだ人の率直な感覚です。



もう一つの重要なカラクリは、気が届いた場所、意識が向いた先に気という名の「生命エネルギー」が注がれ、その場所が肉体の内部だった場合、血液が集まり始めます。

「血液が集まる」というのは、血液が集まるだけ集まって脹(ふく)れるという意味ではありません、笑

その個所の血流が良くなるという意味です。


生命エネルギーである気には、なぜか意識が向いたところの情報状態を書き換え、抽象度エネルギーを高める性質があります。なぜかと言えば、なぜかとしか言いようがないのですが、意識が向かうと、その部分の「情報空間上の位置エネルギー」である抽象度エネルギーは高まり、情報空間における書き換えが始まります。

エネルギー状態が高まると、血液が集まりはじめます。生命エネルギーとは、そういう性質のものなのでしょう。とにかく、シンプルに言えば、「気が向かうと血が集まる」ということです。


関連記事:「抽象度と抽象度の高い思考」


血が集まると、その部分には多くの酸素と栄養が供給され、老廃物が流され、代謝が促進されます。代謝とは、体内における生化学反応全般を指します。

ざっくと言うなら、分子レベルでの様々な反応が速まるということです。

そうすると、そのひとつである免疫反応や自己治癒力も活性化し、治りが早まります。怪我の回復も早まるのです。


これらが完全な解明とは程遠いのですが、気功学的なメカニズム、カラクリです。

気功療術における最も根底になる考え方です。これを知らないと、気功の学びは先には決していけない重要なポイントですので、しっかりと押さえておきたいところです。



もう一歩ひと押しして、より効果を高めるには、手から気を出しながら、その手を優しくゆっくりと揺れ動かし、擦(さす)りながら気を出すのがとてもよい方法です。

擦(さす)ることで、その部分はゆるみます。「擦動緩解運動(さつどうかんかいうんどう)」といいます。


擦ると、血管や細胞が揺れ動き、血液や体液の循環がよくなり、代謝が加速され、ほぐれます。

皆さんも、疲れたり凝ったりした肩を擦ると、凝りが緩和される経験をお持ちだと思いますが、それです。

ほぐれれば、より血管が開き、代謝が加速され、気功療術の効果もさらに高まるのです。


エステなどで、リラックスしながら手で患部を擦る動作はよく見られますが、これはオイルや何らかのエキス等の効果もありますが、気功的な効果も実は含まれています。

気功学的にも、理にかなっていると言えます。



子供に、「算数を教える」と言うのと、「数学を教える」というのでは、どちらが子供の目が輝くのかと言えば、大抵は「数学」の方でしょう。

人間というのは、簡単な方法よりも、より高度で難しい方法を好む傾向があるようです。遺伝情報の中に、常に進化し続けたいという情報が乗っているからかもしれません。

気功を学ぶ場合でも、ついつい、難しく高度な方法の方が絶対に効果も高いはずという、なぜか不思議な幻想にとらわれがちです。

私自身もそうでした、汗。


しかし、実際はどうかと言ったら、確かに高度な方法の方が効果が高い場合もありますが、必ずしもそうとは限りません。

シンプルで本質的な方法を愚直に練習・実践するのが、よっぽど確信が持て、力まず、楽しくできて、実際に効果が高い場合もたくさんあるのです。

怪我を治したいときに、上記のように気をシンプルに流すというのも、その典型です。


あまり難しく考えず、気楽に、気功の実践や効果を楽しみながら愚直にやってみるという姿勢が、言ってみれば、コツになると思います。



この話の延長で私が個人的に思い出すのが、「教えすぎると結果は落ちてくる」ということです。

実は、クライアントさんや生徒さんなどに気功スキルをお伝えするとき、あまりテクニックを教えすぎると、学んだ側の気功の実践におけるその効果や結果が落ちてくるのです。

なぜなんでしょうか。


単純に、覚えることが多すぎて、テクニックに迷ってしまうということではないと感じています。

私の限られた経験上述べさせて頂ければ、恐らく、エフィカシーの問題かと思います。

教えすぎると、その気功の広大で深遠な世界に学ぶ側は圧倒され、困惑し、時には挫折し、エフィカシーが落とされてしまうようです。

要するに、自信をなくすのです。


気功が圧倒的な成果を収めるには、術者側の「圧倒的な確信」ゆえです。

圧倒的な「臨場感」とも言えます。

どちらにせよ、その両者の根幹に来るものは「エフィカシー」です。

「自身の能力に対する自己評価」であり、「自負心」です。

それが圧倒的な高まりを見せたとき、何事においても成果が現れます。


成功したからその経験のおかげでエフィカシーが高くなるというのが、おそらく一般的な感覚だと思います。

しかし、コーチングにおいては周知の事実ですが、「エフィカシーが高いから成果が出る」のです。

一般的な感覚と因果が逆なのです。


それは気功においても同じこと。エフィカシーが高いから、気功がうまくいくのです。

気功能力を高めるには、やはり、気功術に関するエフィカシーを高めることが必須条件です。


あまり先生側が教えすぎると、生徒さんのエフィカシーが下がる場合があるので、注意が必要です。

エフィカシーを高めることを大切にしながら、学びを少しずつ積み重ねるのがいいですね。

2018年05月24日